ふわり ふわり ふわり

音もなく小さく優しく積もることもなくふりつづける

まるで心の中に静かに降り積もるこの恋心のように

ただ静かに ただ優しく

哀しくなるほどに




ササメユキ




三月も終わりに近づき、暖かい日が続いていた最近。
もうすぐ心浮き立つような春がやってくる。
そう思い始めた矢先に降った小さな儚い雪。
それは積もることもない本当に僅かな時間しか存在しないとてもとてもか細いものであったけれど、私の心の中に確かに降り積もった。

(冬も終わりかと思っていたけれど、まだまだ春にはならないみたい・・・)

特に冬が嫌いなわけではない。
それは生まれ故郷の京都に居たときから変わらない。
東京と京都では寒さの質が全然違うけれど、冬ならではの張り詰めた空気はどちらかというと好きだ。
けれど、雪は別。
これほど淋しく哀しく存在するものは他にはないから。
音もなく、静かに降り誰もが求める温かさに触れると溶けて消える。
そんな雪がなんとなく自分に重なる。


広いLMEの廊下でぼうっと外を眺める。
久しぶりに貰ったお休み。普段お世話になっているのにも拘らず、何も出来ないから今日くらいは、とだるまやのお手伝いをするつもりだったけれど。
結局大将と女将さんに『折角のお休みくらい遊んでおいで』と言われてしまった。
東京には友人と呼べる人は数人しかいない(京都には一人もいないけれど)
その少ない友人達は皆仕事があって、私に付き合っている暇はない。
お買い物をする気にもなれずに、どうしようもなく事務所に来てみた。
よくよく考えると私はまだラブミー部で、雑用をしなければならないはずだから。

と思ったんだけど。
椹さんに聞いてみると溜息をつかれてしまった。
『デビューして休みが取れないほど人気が出ているタレントにさせられるような雑用はない』との言葉つきで。
することもないので、廊下で外を眺める。
廊下にも暖房が効いていて寒さに震えることはない。
温かい場所から冷たい場所を眺める。
それが無性に切なくて泣きたい気分にさせた。


「こんなところで何してるの?」

後ろから不意に掛かった言葉に内心ドキドキしながら振り向いた。
声だけでわかってしまう、その存在を感じ取っただけで甘く震えてしまうそんな自分を哂いながら。

「おはようございます、敦賀さん」
「おはよう」

頭を下げた状態でも彼が穏やかに微笑んでいるのだろうことはわかる。
この人は怒れば絶対零度の空気を醸すくせに普段は誰よりも穏やかに笑っている人だ。
真剣な人には限りなく優しく。不真面目な人には限りなく冷たく。
他人に厳しい、そしてそれ以上の厳しさを持って自分を律している人。
私に新しい世界を気付かせてくれた。


「雪が、降ってるんです」

そう言ってもう一度窓の外の淋しい雪を見遣る。
そんな私に彼もつられて外を見た。
外には細い細い小さな雪が間断なく降り続けている。
けれどけっして積もることはなくほんの一瞬の輝きで存在していた。

「綺麗だね」
「・・・ええ・・・」

私の躊躇いがちの答えに疑問を覚えたのだろう。
少し不思議そうに目を瞬かせながら尋ねてくる。

「どうしたの?なんだか元気がないみたいだ」
「いえ、何もありませんよ?」
そう言って微笑んでみせる。

けれどやはりそんなことでは誤魔化されてはくれないだろう。
案の定少し怒ったような光を目に映し、一歩私に近づいた。

「最上さん。何もないという言葉はね、何もない様子を演じられるようになってから言うものだよ。
今の君の様子を見て、君の言葉を信じるような馬鹿に俺は見えるかな?」
「いいえ。見えません。けれど理由を言う気もないんです」
「何故?」
「これは私の問題だから。そしてとても瑣末なことだから」
「俺が聞いてから判断するといっても?」
「ええ。私は、敦賀さん。何もかもを敦賀さんに話すつもりはありません。
敦賀さんは初めから私が芸能界入りした理由をご存知でした。
そういった意味ではもしかしたら、モー子さんよりも私に近いのかもしれません。
けれどだからといって敦賀さんが私のことを知っているかと言うとそうではないと思います。私も知ってもらおうとは思いません」

そう言ってすぐ横に立つ敦賀さんを見上げる。
私の様子に諦めたかのような重い溜息をついた。
たとえ貴方を騙せなくとも私は嘘を吐き重ねていこう。
そうすればきっといつかはそれが本当になるだろうから。


心に降り積もる淡いこの恋心のように。
貴方の上に淋しい嘘を。






きっといつか本当にしてみせるから。    06.03.16


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