もう手放すなんてことできない
長い長いキスの合間にふっと微笑む腕の中の君。
どうしたのかと目線だけで問えば甘く笑みくずれ耳に心地いい優しい声で理由を話す。
「敦賀さんはいっつもまるで私が壊れやすい繊細な硝子細工であるかのように触れてくれますよね。
実際の私はそんなに繊細でもなければ壊れやすいわけでもない。
だからちょっとそれがこそばゆいんです。でも・・・それがとっても嬉しい。
こんな風に優しく温かく人から触れてもらえた記憶なんてないし、そうやって傍にいてくれる人が大好きな敦賀さんだってことが。
こんなに幸せだったら罰があたりそう・・・」
そう言って幸せそうに笑ってくれる君に俺がどれだけ救われているかなんて君にはわからないだろう。
そして俺が触れるたびに君が壊れてしまうんじゃないかって怯えていることなんて知らないだろう。
どれほど優しく触れても足りない。
どれほど激しく愛しても足りない。
どうやったらこの想いが伝わるんだろう。
本当は君のすべてを俺のものにしたい。
時に優しく触れるだけでは物足りなくて。俺の中の衝動を押さえつけるのが大変なこともある。
けれど、いまだどんな穢れも知らないかのように微笑む君を見ていたらそんなことを考えることすら罪であるかのように思えて。
だから壊れないように優しく優しく抱き締める。
決して追い詰めないように優しく優しく口付ける。
そう取り繕ってはみるものの、本当はただ俺が怖いだけ。
君のすべてに触れてしまったら俺は君をもう二度と手放せなくなる。
君の甘い吐息を。絡みつく腕を。扇情的な表情を。そのすべてをもう二度と手放せなくなる。
それが怖い。
君という存在に溺れて、愛を大義名分にして、君から世界を奪ってしまうかもしれないことが。
君から笑顔を奪わないためには俺がもう少し君から距離を取るべきなのだとわかっているけれど、少しでも離れていたら不安になる。
決して君を信じていないわけではないけれど。決して君の心を疑っているわけではないけれど。いつか来るかもしれない別れの時が俺を無様にも怯えさせる。
目を見張るほどに。一日一日経つごとにまるでさなぎが蝶に孵化するかのように綺麗になっていく君だから。
どうしようもないほどに不安になる。
腕の中で目を瞑る君のまぶたに鼻筋に頬に顎に耳朶に首筋にキスを送りながらこの優しい時間が少しでも長く続くことを祈る。
だってもう俺は君を手放すなんてことはできないんだから。
愛しすぎて触れることが出来ない。 06.09.17