君が俺を男としてみていなくても。
それでもいい。

君が誰も愛せないと思っていても。
それでもいい。


ただ、君だけを愛してる。
君だけを愛すと誓う




「すみません、敦賀さん。私はあなたのことをそんな風には見れない。
私にとって敦賀さんは尊敬する先輩なんです」



俯きながら、それでもしっかりした口調で話す彼女。
その言葉にも態度にも確かな拒絶が感じ取れる。



君になんとも思われてないなんて知ってたと言ったら君は驚くだろうか。
それでも伝えずにはいられなかったと言ったら君は驚くだろうか。
結果なんてどうでもよかった。
ただ、君に、ここに君を愛している人間がいることを知っていて欲しかった。

もう、君は独りなんかじゃないことを知っていて欲しかった。

もちろん、答えが応であったならもっとよかったけれど。



「そうか・・・。悪かった、突然こんなこと言って」


そう静かに口に出すと、彼女は恐る恐る俺を見上げ、俺に怒りがないことを確かめほっと一息ついた。


「次の仕事は?どこのスタジオ?」
「いえ、今日はもうないので明日ドラマの打ち合わせで使う第二会議室の掃除でもして行こうかと」
「そう。じゃ、頑張って」


軽く手を挙げ、彼女に背を向けた。
後ろから彼女の「お疲れ様です」の声にもう一度振り返らないまま手を挙げ、歩く。









「おいっ蓮!!どうした?」
「社さん・・・。いえなんでもないですよ」
「そうかぁ?すっごい難しい顔して考え込んでたぞ、お前。
・・・・キョーコちゃんと何かあったのか・・・?」


本当にこの人の鋭さには驚かされる。
それと同時に何故か安心する。
少なくともここに、俺を心配してくれる存在があることを確かめさせてくれるから。



「さっき、最上さんに振られてきましたよ」


たぶん俺の顔には素に近い苦笑が浮かんでいたと思う。
『俳優・敦賀蓮』としては決して浮かべないそんな苦笑が。


社さんは俺のその言葉に軽く目を見開いていた。

「お、お前。あんなにキョーコちゃんのことなんとも思ってないって・・・」
「ええ、そう思ってました。
けれど気付いてしまったんです。そうしたら言わずにはいられなくて。
結果は見事に玉砕でしたけれどね」



社さんはしばらく考える素振りを見せていたがおもむろに俺をまっすぐ見上げた。

「キョーコちゃんはお前になんて・・・?」
「俺のことは尊敬している先輩だそうです。
そんな風に見ることは出来ない、と」
「そうか・・・」


またしばらく思案に耽っていたようだったが、今度はすぐにもう一度口を開いた。

「なら、蓮。お前キョーコちゃんの友人になれ」
「は?」


(何を突然言い出すんだ、この人は)


「キョーコちゃんの性格を考えたら、おそらく先輩とそういった関係になるのはおろか、先輩をそんな風に見ることは出来ないと思う。
尊敬が恋に変わるというのはよくあるようで実はそうないんだ。
対等な人同士の間で恋が生まれるのはよくあるけれど」


そう言って少し、彼は笑った。
それは自嘲するような笑みでもあったし、昔を懐かしむ笑みでもあった。

「俺も大学時代に経験があるよ。
ふたつ下の子を好きになって、告白したけれど先輩だからという理由で振られたんだ。
でも、決して嫌われてたわけじゃなかったから、しばらく期間を置いてもう一度・・・って。
けれどその間に彼女には同じ年の恋人が出来てた。
理由は『対等だから何でも話す事が出来た。遠慮もいらなかった』だって。
だから、お前には同じ経験をして欲しくないんだ。
尊敬される先輩である一方で、気の置けない友人になることは可能だろう?
そりゃ、大変だろうとは思うけどな」


だけど、お前に出来ないはずがない、と笑いを含んだそれでも真剣な目で見る社さんに柄にもなく胸が熱くなる。
こんなにもただの受け持ちタレントでしかないはずの俺を思ってくれてる。
その事実が。





「そうですね、頑張ってみますよ」




どこまで出来るかはわからないけれど。
それでもそれに一筋でも希望があるなら、縋ってみるのも悪くない。

プライドも誇りも何もかも彼女を手に入れるためには惜しくはないのだから。















「・・・・敦賀さん・・・」

後ろから聞こえた小さな小さな声に慌てて振り向く。
視線の先には予想通り愛しい彼女がいた。
その彼女の顔を見れば、声を出すつもりがなかったことなんて一目瞭然で。
そして俺はこの僥倖に感謝した。


怯えられないように、逃げられないように、ゆっくりとゆっくりと近づく。


「お疲れ様、最上さん」
「あ、お疲れ様です・・・敦賀さん」
「今日はもう終わり?」
「は・・・はい」
「そっか、じゃあついでだから下宿先まで送っていくよ」


そう言ってにっこり笑うと、何故か彼女はぴきっと固まった。
何か声を出そうと口をパクパクとさせているがそれには気付かないふりで、痛くないように恐がらせないように腕を掴んで、車の助手席まで誘導する。
拍子抜けするほど彼女はおとなしく助手席に収まった。


内心、おかしいなと思ってはいたけれど、それより隣に彼女がいることが嬉しくて。



彼女の下宿先までの道のりを半分ほど行った所だろうか。
彼女がポツリと、何かを話した。
彼女の言葉は一言たりとも聞き逃したくなくて、すべての神経を彼女に集中させた。
もちろん最小限運転することにも使ってはいたけれど。


「お昼のことなんですけど・・・」

消え入りそうなほど静かな小さな声。
いつもの彼女の印象とはかけ離れたその儚い様子。
今すぐ抱きしめなければ二度と捕まえられないような恐怖が俺を襲った。



けれどもそれも少しのことで彼女はいつもの強い瞳を俺に向けた。


「あの、お昼の言葉、冗談なんかじゃないんですよね?」
「もちろん。俺はそこまで性質悪くないつもりだよ」


そう言って、出来うる限り優しく微笑む。
俺の笑顔を極端に恐がるこの子にどこまで伝わるかを不安に思いながら。


「お昼の時、ちょっとショックで言い忘れたことがあったんです。
今更・・・とか思われるかなって思ったんですけど。
どうしても言いたくて・・・」


彼女のその口調に痛いほどの真剣さを感じ取った俺は、人通りの滅多にない裏道に入り車を止めた。
ここなら真剣に彼女の話が聞ける。

サイドブレーキを引き、シートベルトを外し、彼女の方を向く。
彼女も最初の方こそ下を向いていたけれど、覚悟を決めたのか俺に倣いシートベルトを外し俺と向かい合ってくれた。


「あの、・・・・・・・・・・・」
「ゆっくりでいいよ。俺ならいつまででも待ってるから」


俺のその言葉に何かが変わったのだろうか、深く深呼吸し、そして改めて俺を見つめたその瞳には強い意志と覚悟が宿っていた。


「敦賀さんにそんな風に思ってもらえたって、とても嬉しかったんです。
普通なら信じられない、とか思うのかもしれないけれど・・・。
何故かはわからない、敦賀さんは本気でそう思ってくれてるってわかったんです。
だから混乱してショック受けたんですけど、嬉しかった」


そう言って可愛く、優しく笑った。
その顔はしばらく見ていなかった顔で。
自分の顔が火照るのがわかった。

「けれど、私は、敦賀さんのことをそんな風には決して見れない。
だって、敦賀さんは目標で・・・目標をそんな風に見てしまったら私は、走れなくなるかもしれない。
それは嫌なんです。
ようやく、復讐よりも楽しいものを見つけたのに。
初めて自分のために何か出来るかもしれないって思ったのに」


それを失うのは耐えられない、とまっすぐに強い瞳で言い切る彼女。
その姿はどんな女性にも負けない美しさがあった。

その瞳にまた自分が魅入られていくのを感じながら、内心困った、と思った。
これ以上愛しさが積もったら、彼女を無理やりにでも自分のものにしてしまいそうだった。


彼女から見えないほうの手を強く握り締め、優しく微笑んだ。

「なら、友達から始めないか?」
「友達・・・ですか?」
「そう。別に無理に敬語を使うなとかそういうんじゃなくて。

たとえば君が演技に行き詰ったら相談においで。
俺も何か困ったことがあれば君に電話するから。
そういやって二人の対等の関係を築いていこう?」


俺のこの申し出に少し考える彼女。
当然といえば当然だろう。
けれど、俺にはこれしか方法がない。
もし、これを断られたら俺は今までどおり事務所の先輩として彼女を見守り続けなきゃならない。

永遠にも似たその時間、破ったのは当然ながら彼女だった。

「いいですよ。本当に私が敦賀さんのお役に立てるとは思いませんけどね。
それでもいいのなら・・・・」

「ああ。それでいい・・・」
今は。




たとえ、友達だったとしても、俺は彼女を愛す。

永遠に君だけを愛すと誓うよ、最上さん。



だから、いつか友達としてではなく、恋人として俺を愛して欲しい。
それまで、俺は変わらない愛で待っているから。






いつかきっと君が振り向いてくれることをただ信じて。    05.08.26

06.07.27 お客様からのご指摘により誤字修正。ありがとうございました!
06.12.26 お客様からのご指摘により一部修正。ありがとうございました!