知らない方がよかったかもしれない。
私はずっと、御伽噺のお姫様に憧れていた。
それはとても幸せで、なんの苦労もないように思えたから。
どの話も「ずっと幸せに暮らしました」で終わっていて、私には絶対手が届かなかったから。
誰かから、あんな風に愛されて必要とされることなんて自分には絶対ありえないと思ってた。
私は何処にいても何をしていても、独りなのだとそう思ってた。
だから、何も恐くはなかった。
母が、ショーが、私を愛していないことを知っていたから。
だから、嫌われることを恐がる必要はなかった。
けれど、今は違う。
こんな私を親友だと呼んでくれる人。
こんな私を心配してくれる人。
こんな私を愛してくれる人。
そんな優しい人に囲まれて生活する毎日は信じられないほどに幸せで、そして怖い。
もし、嫌われてしまったら?
もし、不必要だと思われてしまったら?
私はその時、生きていけるのだろうか。
何も持っていない頃は失うものなど何もなくて、笑うことも平気だった。
けれど、今は違う。
笑うことにすら怯えてしまう自分がいる。
こんな風になってしまうのならば。
何も知らない方がよかった。
愛されることも、愛することも。
そうすればこんな風に泣きたいほどに怯えないですんだのに・・・。
「最上さん・・・?どうした?」
優しく、私の顔を覗きこんで指の腹で私の頬に触れるあなた。
この優しい温もりを明日、失ってしまうかもしれない。
そんな思いにどうしてもとり憑かれてしまう。
それでもこんな醜い感情を優しくて綺麗なこの人に知られることは出来なくて何事もないように微笑む。
こんな時に、演技が役に立っても嬉しくも何ともないのに。
「何でもないんです。ただ、明日も忙しいなぁと思って・・・」
普通なら私がそう言うとそう?と微笑んでくれるのに、今日は視線を逸らさないままあなたは私を見つめ続ける。
そんな敦賀さんを不思議に思って首を傾げる。
私の視線の先で溜息をつき、軽く頭を振る。
そしてもう一度私を真正面から見つめたその瞳には僅かな怒りが浮かんでいた。
何故突然敦賀さんが怒ったのか、その理由がわからなくて。
ますます首を傾げるしかない。
「あの・・・敦賀さん・・・?どうかなさったんですか?」
「どうかしたって?それは君の方だろう。
その笑顔でこの俺が騙されるとでも思う?たとえ他の人が騙されたとしてもね。
俺だけは騙せないよ」
そう言って少し辛そうに笑う敦賀さん。
「いつもはね、君が言いたくないならって聞くのを我慢してた。
いつかきっと君から話してくれると思っていたから。
でも君はいつまで経っても俺には何も話してくれない。いつまで待っても君は俺を信じてくれない。
君が何をそんなに恐がっているのか情けないことに俺にはわからないんだ」
だから君はいつまで経っても俺にも心を開いてくれないのかな?
少し辛そうに、哀しそうに笑う愛しい人。
決してこの人を傷付けたいわけではなかった。
それでもこの優しい人は私を思って傷ついてくれるのだ。
どんな愛よりも深く私を愛してくれる人だから。
私の臆病さが傷付けていることがわかっても。
怯えることを止めることは出来ない。
徐々に震えだした自分の体を持て余し、呆然とする。
ただ、ただ、恐かった。
何が、とか理屈ではなくて。
それはたぶん子供が理由もなく暗闇を恐がるのと一緒。
「最上さん?」
突然震えだした私に焦ったのだろう、普段誰よりも冷静な敦賀さんが慌てて私を抱きしめる。
「ごめん、恐がらせるつもりはなかったんだ」
「違うんです・・・。ただ、・・・・・」
自分のこの思いをどうやって言葉にすればいいのかわからない。
もし、言ってしまったらこの優しい人に見限られてしまうんじゃないかとも思った。
声もなく、涙があふれた。
「ごめん。急ぎすぎたみたいだ。
ゆっくりでいい。いつか、俺を信じて?俺はいつまでだって君を待っているから」
頬に伝う涙を温かい口唇で吸い取りながら、彼は耳元で囁いた。
その優しい声音にまた涙があふれる。
私はこんなに優しい人を傷付けているんだ。
私はこんなに愛してくれる人を信じられないんだ。
傷付けたくない。
信じたい。
けれどその方法がわからない。
思考はいつまで経っても堂々巡り。
失うことの恐怖に怯え続ける。
こんな風になってしまうのならば、何も知らない方がよかった。
愛することも愛されることも。
独りで生きていた頃に戻りたい。
優しい人の腕の中で壊れた人形のように、ただそう願い続ける。
ご迷惑をお掛けしました企画。フリー。
05.09.03