君に何も望みはしない。
ただ笑っていてくれればいい。
ただ幸せになってくれればいい。
もう二度と君が泣くことのないように。
もう二度と君が悲しむことのないように。
もう二度と君が絶望を感じないですむように。
ただひたすらに祈っている。



ただ希う



「敦賀さんっ!!」



雨が降り続ける外を眺めていたら聴こえてきた愛しい愛しい彼女の声。
意識的に顔を引き締めてゆっくりと振り返る。


「どうかした?」
「どうかした、じゃありませんよ。台本覚えるって携帯も持たずに出て行かないで下さい。
社さんが半狂乱になってますよ!!」
「ああ・・・ごめんごめん。もう再開するのかな?」
「いえ・・・・」



彼女にしては珍しく言いよどむその姿を少し不思議に思った。
いつもは元気よく、よすぎる程なのに。


「最上さん?」
「もうしばらく休憩だそうです。社さんに私の携帯に連絡を入れるようにお願いしています」
「うん」
「だから・・・ほんの少しでも傍にいたかったんです・・・」


顔を真っ赤にしながら小さな小さな声でぽつっと呟かれたその内容に俺は少しびっくりして、そして嬉しくなった。


「うん。俺も最上さんと一緒にいたい」

照れて下を向いたきりの彼女の頬を手の甲で撫ぜた。
最上さんは俺の手を握り、指先にそっと口付けた。

「よかった・・・」

心からほっとしている様子の彼女がわからなくて首を傾げる。

「よかったって、何が?」
「社さんに私が探してきますって言ったはいいものの、敦賀さんのご迷惑になったらどうしようかと思って。すっごく怖かったんです」


少し不安そうに俺を見上げて言う君に、不謹慎かもしれないけれど笑みが零れそうになる。

「俺はどんな時だって君に逢えて嬉しいよ?迷惑になんて思うはずないじゃないか」
「けれど、さっきの敦賀さん、何もかもを拒絶してしまっている感じがしました。
あの敦賀さんの世界にはたぶん私の入る隙間はなかった・・・」
「そんなこと・・・」
「ありますっ!!私が気付いてないと思ってたんですか?
私は敦賀さんが好きだから、敦賀さんをいつだって見てるんです。
全然私なんか敦賀さんの支えになれないですし、敦賀さんに何もしてあげれない。
それでも、傍にいたいと思ってるんです」
「ありがとう。嬉しいよ」

彼女が俺のことをそんな風に思ってくれているなんて考えもしなかった。
けれど純粋に本当に嬉しかった。


「ほらっ!!今もそう!!
敦賀さんは決して私を見ようとはしてくれない。いつだって一人で世界に立ってるんだわ。
私はね、敦賀さん。とても臆病だけれど、それ以上に欲張りなんです。
私は好きな人を見ているだけでいい、なんて思いません。そして好きな人から、恋人から、私への要求が何もないなんて我慢できないんです。
だってそれは私には何も望まないってことでしょう?つまり、私のことを何も見てないってことじゃないですか。
それなら一緒にいる必要なんてない」


「ねえ、敦賀さん。
私の声届いてますか?私のこと見えてますか?
私は貴方が、他の誰でもない貴方が好きだと言っているんです。
私を悲しませることができるのも、私を幸せにできるのも貴方だけなんですよ?」



必死に俺の袖を掴みながら言う彼女が愛しくて強く強く抱き締めた。

ようやく気付いた。
この温かい、柔らかい優しい人は俺のものであることに。





どうか。
俺に彼女を守る強さを。
彼女とともに生きる勇気を。

腕の中の愛しい彼女を失わないですむように。




ただ希う。




やっぱりどこかで読んだことのある話。