呪縛を解く魔法
地方ロケで偶然訪れたこの地で、こんな場所で・・・偶然見かけてしまった・・・
"あの人"は相変わらず高そうなスーツを身にまとい、厳しい顔をして隣にいる仕事仲間と思われる人と話をしながら歩いていた。
別にもう愛されたいわけじゃない、見て欲しいわけじゃない。
それなのに、"あの人"の姿を見ると胸が何かに押さえつけられるように苦しくなる。
"あの人"の姿が目に入ったときから、私は視線を逸らせずにいた。
―――――頭が上手く働かない。
私の視線に気づいたのだろうか、"あの人"が一瞬私を見た。
―――――・・・そう一瞬。
その瞬間"あの人"の瞳はほんの僅かばかり見開かれた。
それでも、次の瞬間"あの人"は何事もなかったように隣を歩いている仕事相手との話を続け、私の隣を通り過ぎていった。
――――――――・・・・もう諦めたのに・・・・・・
・・・・・それでも私を支配するこれは何だろう―――――・・・
偶然見かけてしまった。
休憩中にいきなりいなくなった君を探して歩いていたら、君が苦しそうな顔をして立ちすくんでいた。
何があったのか、その視線の先を見て予測がついた。
(―――――――あれは・・・・もしや・・・・・)
そしてそれは、彼女の視線の先の人物が彼女を見た瞬間、確信に変わった。
その人の瞳に動揺が走った。
それはほんの一瞬。ほんの僅か・・・
その人は気づいたのだ。
昔の彼女とはだいぶ変わってしまったが、それが・・・・・・・・・・自分の娘だということを。
それでも、自分には関係ないという顔で彼女の横を通り過ぎて行った。
"あの後"、彼女が母親とどうなったのか・・・・・・俺は知らない。
・・・・・・・・・・再会してからもそれを聞くことはできないまま・・・・・・
もしかしたら東京に出てきたときから、連絡なんて取っていなかったのだろうか・・・?
今の2人の態度からすると、そう考えるのが妥当だろう。
蓮はあの母親に憤りを覚えながらも、彼女に視線を戻す。
(君は今もまだその呪縛に・・・苦しんでいるのか・・・・・)
あの人が通り過ぎた後、キョーコの顔はカクンと下を向いた。
その瞳は何を見ているのだろう。
その小さな手をぎゅっと握り締めながら、小刻みに震えている。
それなのに・・・・・自然に持ち上がらないその口端を、どうにかして持ち上げようとしている―――・・・
―――・・・必死で堪えているのだ。
そしていつもの笑顔を作ろうと―――――・・・
「最上さん。」
俺は思わず声をかけた。彼女が一人で苦しんでいる姿を見るのは・・・・・・・・耐えられない。
ピクリと肩を震わせた後、顔を上げくるりと振り向き俺の姿を確認する。
「・・・敦賀さん・・・どうなさったんですか?」
そう返事をする彼女は、いつもの彼女と変わらない彼女のようで。
でも、そんな彼女の態度が余計俺の心を締め付ける。
「・・・・・・・・・大丈夫?」
大丈夫じゃないのなんて分かりきってるのに・・・・・そんな言葉しか出てこない・・・
情けないことに、他に言葉が見つからない・・・・・
キョーコは一瞬驚いたが、先ほどの光景を見られてしまったのだとすぐに理解した。
きっと私はかなり苦しそうな表情をしていたのだろう。
何も知らない敦賀さんがこんなに心配してくれるほど・・・・・
「大丈夫です!」
キョーコはきっぱりと言った。
その言葉とともに零れるのは、さっき無理しても笑えなかったのが信じられないくらい・・・・・自然な笑み。
そう言い切ったキョーコを見てもまだ、蓮のその瞳は険しいまま。
「無理・・・してませんよ?」
今度はまるでキョーコが蓮を心配するように顔を覗きこむ。
「・・・・・最上さん・・・」
それでも尚、蓮は心配そうな瞳をキョーコに向ける。
あまりに心配する、その蓮の様子にキョーコの心はふわりと軽くなっていく。
確かにさっきは無理して笑おうとしてたけど、でも今は本当に無理してないんですよ?
だって私はもう母親しかいない子供じゃない。
私のことをこんなに真剣に心配してくれる人がいる。
尊敬する人が私を認めてくれている。
だから"あの人"が私を認めてくれなくても、心配してくれなくても"すべての終わり"じゃない。
前はいつも頼ってたコーンに最近全然頼っていないんですよ?
今でも大事なお守りだって言うのは変わらないけど、でも頼る前に心の重みが取れるんです。
・・・・・・だってほら、さっきまでズシリと重たかった心が、もうこんなに軽くなってる。
くすくすくすっ
まだ真剣な眼差しでキョーコを心配している蓮を前にして、キョーコは突然笑い出した。
「もう敦賀さん心配しすぎですっ!本当に大丈夫なんですよ? ちょっと誰も自分を見てくれなかったと思っていた時のことを思い出しちゃっただけで・・・今はもうそうじゃありませんから!」
そう今はもう違う。ううん、昔から私を見てくれていた人はいた。
ただ・・・私が見ていなかっただけ。
「ちゃんと私を認めてくれる人はいますし、大事な親友もいます!それを分かるようになったから・・・だから、大丈夫なんです。」
―――――それを思い出せば、あの呪縛から逃れられる。
そのキョーコの瞳は無理しているようには見えなくて。
蓮はそれ以上その話題を続けられなかった。
「・・・・・そろそろ休憩終わりだよ?」
そう言うとキョーコは急にしまったという顔をして慌てだした。
「ど、どうしよ〜〜〜〜〜・・・モー子さんにお土産買ってない〜〜〜〜・・・・・・」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・突然いなくなった理由はそれだったのか。)
今にも泣き出しそうになりながら慌てているそのキョーコの様子が、蓮を安心させた。
そして思わず吹き出してしまう。
くくくっと声を出して蓮が笑い始めたのに気づくと、キョーコは少しむくれながら蓮を見上げる。
「なっ! そんなに笑うことじゃないじゃないですか!!!」
キョーコの言葉に、「ごめんごめん」と言いつつも笑いを沈める気がないのか、蓮は笑い続けている。
その蓮の態度に怒ったように、ぷんっと蓮に背を向けて現場に歩き出した。
その行動とは裏腹に、表情はほにゃりと綻んでいる。
そう、もう私は大丈夫。
だってあの呪縛から逃れる術を手に入れたんだもの。
――――――――・・・それでも・・・こんな一瞬で心が浮上したのは・・・あなたがいたから・・・・・なんですよ?
Covert Moon の紫様から強奪してきました。
2万打記念でフリーだったので。
紫様のお話はどれもほんわりとしていて心があったかくなります。 05.04.28