アクション



『アクション』



その言葉で俳優は己を変える。
現実世界での『自分』からドラマの中での『自分』に。

だが、いくら「演じて」いてもその演技が本物でなければただの虚構となる。
如何に己と役との距離を無くすかが、俳優としての力量。
どれほどの才能があったとしても、その距離が無くなるはずがない。
所詮人間は己以外の何者にもなれない。

そう長年思ってきた。
この二人に出逢うまでは。



多くのカメラと大勢のスタッフに囲まれた、一種異様な、余程の集中力がなければ演技に没頭することなど不可能なこの緊張感の中で、彼らは一つの世界を作り上げる。
彼らの演技には何一つとして嘘がなく、それら全てが真実であると錯覚させる。

スタッフも、そして監督である私すらも魅了せずにはおれない俳優。
敦賀蓮と最上京子。
彼らは間違いなく天才だった。

役と己との間に距離など存在せず、周りすらも巻き込む影響力。
彼らと共に演じる俳優たちの演技は気が付けば、本物となる。


『何か証拠はあるの?私が罪を犯したという…』
『ない。だが…犯人は君だ。それだけは確かなんだ』
『そう…。貴方は恋人を信じないのね』




彼ら二人が演じているのはこのドラマのクライマックス。
このシーンの出来次第でこのドラマが決まると言っても過言ではない。


先が分かってる筈のスタッフたちまでもが事の成り行きを固唾を呑んで見守っている。
そんな中、俳優の二人は世界を作り上げる。


復讐のために殺人を犯した女と、そんな女を愛した刑事。
女は利用する為だけだった刑事を愛してしまったが故に苦しみ、男は何よりも愛した女と刑事として出会ってしまったが故に苦しみ。
その哀しみの連鎖は途切れることがない。


『たとえ、君が犯罪者であっても変わらずに愛している。それだけは誓える。
…だが、それでもっ。犯罪者を許すわけにはいかないんだっ!!』

そう言って男は俯いた。

『いつか必ず、君を捕まえる。たとえ何年掛かったとしても、君だけは俺が捕まえる。
………愛してる………』

そうして男は静かに去る。その場に女を残して。

『私も貴方を愛してるわ。ごめんなさい。愛していてもあの男だけは許すことが出来なかった。
…貴方を愛しているから、決して貴方だけには捕まることは出来ない。………誰よりも愛してるわ』

女は静かに涙を流す。
初めて愛した男を傷付けることしか出来ない己の罪深さに震えながら。





静寂がその場を支配した。
誰も動くことすら出来なかった。
彼らに魅了され、魂までも吸い取られた気がした。



敦賀蓮と最上京子。
彼らは確かに天才である。
監督であるこの私が、彼らと同じ時代を生きていることが奇跡であり、神に感謝せねばならないことだろう。