月夜には人を狂わす魔力がある。
だから気をつけて。
貴方がその虜とならないように。
一度魅せられたらもうおしまい。
それで貴方は月のもの。



月夜の恋



窓から外を見上げると、都会らしく曇った夜空には禍々しく赤く輝く月があった。
今夜の月にはどこか不安を呼び覚ます何かがあるように思える。
どれほど手を伸ばしても決して届きはしないのに、ふとした瞬間私の真上にあって私をじっと監視している。
まるでお前のことは何でもお見通しだと言われているようでかすかに体に震えが走る。
きっとどれだけ息を切らして逃げようとしても夜空に照る月からは逃げられないのだろう。
昼の太陽が温かく私を照らしてくれるのならば、夜の月は冷たく私を断罪する。
けれど、温かな太陽より、冷たい月の方が私は好き。


こつん、と窓に額をつけて月の光を浴びる。
冷たい光が私の体を刺し貫くのがわかった。
体の隅々まで月の光に侵されて呼吸が息苦しくなった。



月からこの世界に落とされたと言うかの人はどんな罪を犯したというのだろう。
この穢れた世界に行かされるぐらいだからきっとひどいひどい罪を犯してしまったのだろうか。


なんとなく、私は彼女はただ、人を愛してしまっただけなんじゃないかと思うのだけど。
月世界とこの世界は決して交わってはいけないものだった。
奇麗な月と穢れたこの世界とではきっと何もかもが違っていただろうから。
罪人を落とすという考え方からもどれほど私たちを汚い存在だと思っていたかがうかがい知れる。
そして、自分達の仲間がそんな私たちの種族を愛したことが彼等は許せなかったのだ。
だから彼女を断罪した。
何よりも酷い裏切りを愛のために何のためらいもなく行った彼女を。


「そして、君もいつか月に還るの?」

バスローブをゆるく纏い、上半身ははだけた格好で濡れた髪をタオルで拭きながら、ゆったりとした足取りで私の方に向かってくる人。
その双眸には月にも似た怜悧な光が宿っていた。

「俺は彼女を簡単に逃がした愚かな男達とは違うよ。たとえどれだけの争いとなってもいい。俺の命を賭けてもいい。君を、君一人を月に還しはしないよ」
「私だって言われるままに還る気なんてありませんよ。たとえ私の心が壊れてしまったとしても貴方を忘れたくはありません」


たとえ、その世界に還りたくて、昔の日々を懐かしんでいたとしても。
私には今の生活の方が大切だから。
だから、私には永遠に彼女の気持がわからない。
あれほど愛されていながら。あれほど必要とされていながら。そのすべてを捨て去ることが出来た彼女のことが。


「よかった・・・。もし君が、それでも還りたいと言ったのならば、俺は君の羽衣を燃やしてしまわなければならないところだ。
君に憎まれながらこれからの人生を歩んでいくのはさすがに辛いからね」
「そんなこと思ってもないくせに。
敦賀さんなら、『俺が忘れさせてあげるよ』くらい言いそうですよ。それに貴方に深く愛されてそれを捨てることが出来る女性がいるのなら私はその人に逢ってみたい」
「他の女なんてどうでもいい。俺は君だけがそう思ってくれればいい」



そう言って私の腕を強く引き、彼は自分の腕の檻の中に私を閉じ込めた。
彼の瞳がそっと閉じられて顔が近づいてくる。
けれどいつものように目を閉じる気にもなれず、彼の肩越しに赤く禍々しく輝く月をみつめていた。




彼の腕の中にいるときは言葉にならないほどに幸せなのに。
胸に巣食うこの不安は・・・きっと私を刺し貫く月のせい。

ぽつんと頬を伝う雫はきっと月の雫。







月はきっと私を見てる。  06.06.11


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題材は竹取物語。
それに勝手な解釈を少々。
間違ってもこんな解釈は学会では発表されておりません。
参考文献はなし。