ずっとずっと痛かった。
泣けないほどに、顔を歪めることすら出来ないほどに痛かった。
心が、とか、体が、とか、そんなこと言えないほどに痛かった。
けれど最近はそうやって痛むこともなくなってきているように思う。
それがいいことなのかどうか、俺には分からないけれど。
(いや、実際はいいことなんだろう。忘れ始めているということなんだろうから)
幼馴染への不毛な恋心。
傷つけて、傷つけて、あいつから純粋さを奪って、『人がいい』ことしか取り柄のなかったあいつから、人を愛する、という気持ちを奪った。
憎まれて恨まれて、それが当然で。そしてそうなって初めて、あいつは真正面から俺という人間を見据えた。
それが俺にとってどれほど嬉しいことかきっと、あいつには一生分からないだろう。
俺に尽くすしか能のない女になんて興味がないんだ。
あいつにそんな女になってほしくない。そう確かな感情があったわけではないけれど。
それでも、ずっと何かが違うと思っていた。
きっと今となってはただの言い訳になってしまうのかもしれない。
目の前で必死に台本を覚える幼馴染を缶ビール片手にそっと見つめる。
いつからか俺たちはまた昔のように一緒にいるのが当たり前になってしまった。
けれど、もうこいつの心に俺はいない。
こいつは昔のように俺がすべてではない。
いつの間にか、こいつの中で俺に対する感情が変わってしまった。
憎しみも怒りも何もかもが押し流されて、気の置けない幼馴染に。
俺の恋心なんて完全に無視して、俺たちは穏やかな友情を築いている。
俺の嘘を礎に。
こうやって真夜中ですらなんの心配もせずに俺の家に上がり込み、無防備に寛ぐキョーコを見ていると、俺だって男なんだ!と叫びたくはなるけれど。
俺はもう、こいつの信頼を裏切ることは出来ない。
こいつが望むとおりに、頼りになる幼馴染を演じ続ける。
それが一度、こいつの世界を、心を壊した俺の償いとなるのだろうから。
キョーコの真剣な横顔を見つめていると、ふ、と激情がせり上がってくる。
必死でそれを飲み下し、平静を装う。
「シャワー浴びてくる」
そう短く呟いて、ビールを飲みながら立ち上がるとキョーコはいってらっしゃい、の代りだろうか、台本から顔も上げずに右手をひらひらと振って見せた。
その様子に思わず苦笑が浮かぶ。
俺があの短い一言をどれだけの覚悟と気合で言ったのかも知らずに、いつだって気楽なこいつが少し羨ましい。
頬を伝う温かい物を押し隠すように、熱いシャワーを頭から被りながら、気が付いてしまった。
キョーコの幸せそうな笑顔を見ても、決してもう俺の方に向けられないと知っている甘い感情を感じ取っても、俺の心が痛まない理由。
違う。痛まないんじゃない。もうこれ以上どうしようもないから、俺の心は麻痺してしまったんだろう。
痛みを感じないほどに。
そうでなければキョーコの傍で笑ってはいられないから。
恋心も胸の痛みも、消えてしまえば楽なんだろう。
けれど俺は馬鹿だから。
あいつへの想いを忘れるくらいなら、痛みに苛まれる方を選んでしまう。
誰の傍ででもいい。笑っていてほしい。愛されていてほしい。愛していてほしい。
幸せでいてほしい。
俺はそれを、恋しさを覚えない恋心と、痛みの伴わない胸の痛みを抱えながら見守っているから。
お題配布元:
確かに恋だったさま
なんて苦い初恋。 10.07.06