独り、独りじゃない
雨が降りしきる夜の闇を窓ガラス越しに見据える。
こんな上からでは、地上の様子なんて分かるはずもなくて。
けれど、雨雲のせいで天上の様子も分からない。
そんなことを思っていたら、急にこの世界に独りで取り残されたような淋しさが襲ってきた。
自分のあまりに幼稚な被害妄想が少しおかしくて、笑いが零れてしまう。
いつもなら、即座にどうしたの?と優しく聞いてくれる年上の恋人が、今日はいない。
こんな些細なことで、彼の不在を思い知らされるなんて。
私はどれだけ彼に依存して生きているんだろう。
彼はどうしようもない私を心から愛してくれて大切にしてくれる。
彼は私を甘やかす天才。
彼の腕の中にいて、彼の声を聞いて、彼に頭を撫でられさえすれば世界のどんなことだって恐れるに足らない。
どんなことにだって立ち向かっていける。
そう思える。
だからこそ、彼のいないこんな夜は不安と淋しさに苛まれる。
彼が居るだけで美しく色づく世界。彼が居ないだけで色褪せてしまう世界。
こうやって依存してしまって、もし彼を失ったら私は生きていけるんだろうか。
彼の居ない世界に耐えられるんだろうか。
程よく冷房が効いた室内のせいで冷えた窓ガラス。
それにそっと頬を付けて、天上を仰ぐ。
一年に一度しか逢えない二人に想いを馳せながら。
そして、今私の傍にいない彼を想いながら。
「敦賀さん・・・」
小さく小さく呟く。
大好きな人の名前。大切な強くなるための呪文。
けれど、いつもならば温かくなるはずの心が急激に冷えたような気がした。
その激情につられるように、頬を冷たい滴が伝う。
それを拭ってくれる人もいないのに。
明日になれば現場で逢える。
空の上の二人のように、しばらく逢えなくなるわけではないのに。
それでも今、傍に居ないことがたまらなく怖くて。淋しくて。
いつのまにか、私はこんなに弱くなっている。
今、独りでいるということに耐えきれず震えだす体。それを自分で抱きしめながらうずくまる。
心の中で繰り返す大切な名前。
ふ、と鳴りだした携帯電話。
リビングのテーブルで淋しげに鳴り続けるその音に、震える手を伸ばした。
ほら、ね。彼は私を甘やかす天才。
涙を拭いながら、彼と私をつなぐボタンを押した。
耳を澄ませば、彼の甘い声が聞こえる。
大丈夫。もう私は独りじゃない。
だってあなたがいるから。 10.07.07
撮影中に無理を言って時間をもらった。
こんな天気の日は彼女が、誰よりも愛おしい彼女が、不安に怯えることを知っているから。
彼女は愛情が永遠のものだなんて決して信じない。
始まりがある以上必ず終わりが訪れると、それが当たり前だと思っている。
俺がどれほどにそんなことはない、と。俺の彼女に対する愛情が枯れることはない、と言い聞かせても薄く笑うだけ。
俺の彼女への想いを信じていないわけではないようだけど。
だからこそ、俺は時に社さんから鬱陶しいと言われるほどに彼女を愛し、甘やかす。
俺に依存するように。俺なしでは生きていけないように。
既に俺が彼女なしでは生きていけないから。
彼女もそうなってしまうように。
繰り返されるコール音に少し心が逸る。
彼女の不安を解消するため、なんてことがただの言い訳であることくらい分かってる。
単に俺が彼女の声が聞きたいだけ。
ぶつ、と突然コール音が途切れる。
その後に聞こえるのは大切な大切な彼女の声。
ねえ、俺に出来る限り君を甘やかすから、だから君はただ俺に溺れていてほしい。
絶対に君を手放したりなんてしないから。
だから俺の居ないところで泣いたりしないで。