哀しい

苦しい

淋しい

だからどうか愚かな私を 赦して――



彼岸花



痛みを伴わない苦痛を苦痛と呼んでいいのか私にはわからない。
けっして痛くは無いけれど胸の奥がじくじくと疼き、目に見えない血が流れ続けていることを知っている。
それは時に甘美でさえあり私を救う唯一の手段でもある。
その苦痛に身を任せ静かにたゆたうその瞬間。私は哀しみ苦しみ淋しさそのすべてから解放されこの広い世界に己が独りだけ存在しているかのように感じられる。
もし、この世界に私独りだけが存在していたとしたら。そうしたら私は誰かに憎まれることも嫌われることも誰かを愛することもなく、不幸を知らず幸せに生きて逝けただろう。
それが不幸だなんて理解できないままに。

それはなんて甘美な世界。
甘く芳しく抗えない世界。
きっと流した血の赤ささえも美しく感じられることだろう。





ブラウン管に映る愛しい人に手を伸ばし、感じるのは冷たい感触。
決して決して届かない愛してやまない貴方。
私なんかでは仰ぎ見ることも出来やしない高みにいる貴方。
ねえ。どうして貴方は私と同じ世界にいるの?貴方が私の前にさえ現れなければ私はきっと上辺だけの笑顔を浮かべて生きていけたのに。
それが幸せだって思い込めたのに。
憎むよりも猶強く、貴方を愛しましょう。私を永遠の孤独に突き落とした貴方を。
愛するよりも猶強く、貴方を憎みましょう。私に人を愛する幸せを教えてくれた貴方を。


涙なんて流れない。流せない。
ただただ血と同じように流れ続ける私の愛が。貴方をほんの少しでも汚すことが出来ればいいと。
ただただ血と同じように流れ続ける私の憎しみが。貴方にほんの少しでも伝わればいいと。



「敦賀さん」



愛しい愛しい貴方の名前を呼ぶことを封じたのはいつのことだっただろう。
その名前は私を癒してしまうから。その名前は私を幸せにしてしまうから。
だから呼ばないと決めたのに。
それでも私の唇は貴方の名前を刻んでしまう。

私を決して見ない貴方に呪詛の言葉よりも愛の言葉を。
私を優しく見つめる貴方に愛の言葉よりも呪詛の言葉を。
私は貴方に愛されるよりも憎まれていたい。そうしたらきっとそれは永遠だから。
逃れられない迷宮に私の心は置き去りにして貴方は空高く飛べばいい。



心から血を流し続けていつかきっと私は死ぬでしょう。
凶器はひとつ。貴方への愛。
それはきっと甘美な喜びだから。



哀しい

苦しい

淋しい

だからどうか貴方を愛す私を 赦して――




彼岸花は死者の線香花火。
死したその後貴方の裏側で貴方を想い涙しその哀しい線香花火を上げましょう。
06.11.06