欲しいものは何かと聞かれて、思い浮かぶものが『人に愛されること』しかない私は哀しい存在だろうか。
けれどそれしか思い浮かばない。
もし、誰かに愛し、愛され、幸せを知ることが出来るなら私は前に進むことが出来ると思うから。
この暗闇から抜け出せると思うから。
私が望んだのは愛と永遠だった・・・。
永遠を望んだ
陽の光がきらきらと舞い降りる今日この日。
私は最愛の人の妻となる。
ごくごく少数の身内の人たちの間でのみ行われる結婚式。
それは私や彼が嫌がったからというのもあるけれど、社長が「静かな結婚式がいい」と言ったから。
その言葉を聞いたとき、椹さんはあまりのありえなさに卒倒しかけていた。
確かに社長の派手なもの好きは業界内でも(業界内だからこそ)知らない人はいないだろう。
そして何よりも『愛』を愛している社長だからこそ、それはもう派手な、ド派手な結婚式になるだろうと誰もが予想していた。
けれどなぜだろう・・・?
私は社長が「静かな結婚式」と言ってくれた時、「やっぱり」と思った。
それは言葉にしようとすると、嘘になりそうな仄かな仄かな思いだったけれど。
なんとなく社長ならそういうと思っていた。
その社長の言葉に私や彼に否やがあるはずもなく、結婚式の日程はトントン拍子に決まっていた。
少し、私の気持ちを置き去りに。
キラキラひらひらな真っ白のドレスを見るのも着てみるのも凄く楽しかったしうれしかった。
あの人の妻になれると思うと嬉しくて嬉しくてじっとしてはいられないくらい。
これから毎日、あの人の帰りを待っていていい。
これから毎日、あの人の食事を作っていい。
もちろん、あの人のすべてを独占することは無理だけど。
たった一部でも彼を自分のものだと言えるのは嬉しかった。
そして、自分自身を他の誰でもない彼のものだと堂々と宣言できるこの幸せといったら。
けれどもやっぱり、そんな自分を周りを彼を。
少し離れた場所から醒めた目で見ているもう一人の自分がいるのを感じ取ることが出来る。
『あなたに人を愛すことが出来るの?』
『あなたに人から愛される資格があるの?』
『あなたに幸せになる権利があるの?』
そう無言に聞いてくる、もう一人の私。
私はそのどの問いにも答えることは出来ない。
だって、自分でもわからない。
私は・・・・・。
「お姉さま綺麗!!」
いつまででも答えの出ない自問自答を繰り返す私を断ち切ったのは、随分前から親しくしている小さな友人。
彼女も私と同じ暗闇を持っている子だったけれど、今ではその呪縛から完全に解放されていた。
「ありがとう、マリアちゃん」
手放しの賛美に私は微笑む。
綺麗、かわいい、なんて言葉が本当は私に無縁だということを知ってはいたけれど、こんな日にまで卑屈な自分を人に見せるのは躊躇われて。
それに結婚式当日の新婦に綺麗だ言とうのは、礼儀のようなものだし。
「馬子にも衣装ね」
笑いながらそう言ってくれたのは最初で最後の親友モー子さん。
おめでとう、と全身で言ってくれているのがわかる。
彼女とはいろんなことを話した。
彼女とはいろんな想いを共有した。
初めて、私の過去を話した人。
その後も、宝田社長、椹さん、松島さん、社さんととてもお世話になった人々が続く。
だるま屋の大将と女将さんは会場側の人と何か打ち合わせがあるらしく、この場を外していた。
けれど、私のドレス姿は見てもらえたし大将にはバージンロードを歩く時の父親役をやってもらうことになっている。
「幸せになりなさい、最上さん」
「君はいろいろな辛いことを経験してきただろう。
これからはただ、幸せになることだけを考えていい。君はもう暗い過去に囚われている孤独な少女ではない。
君を愛し、必要としている人間は日本中にたくさんいるんだ。
君が幸せでなければその人たちも幸せにはなれない」
椹さんと社長の言葉に涙ぐみながら頷いた。
幸せだと、改めてそう思った。
『本当に幸せ?』
『本当に?いつか必ずこの幸せは壊れるわよ?』
『だってあなたには幸せになる権利なんてないもの』
『実の母親にすら愛されなかったあなたが誰に愛されるの?』
『馬鹿な勘違いはやめたほうがいいわ。後で虚しくなるのは自分なんだから』
そんなことない。だって私は今こんなにも幸せだもの。
今この瞬間だけは幸せだもの。
だから大丈夫。
でも何が?
永遠なんてないことは知ってる。
ないからこそ、人は永遠を望むのだから。
では、愛も望んでいる私は?
私が決して持ち得ないものと思っているから望んでいるの?
けれど私は今こんなにも幸せなの。
ならなぜ愛を望むの?
わからない。わからない。わからない。
堂々巡りの感情を持て余し、それを他人に知られたくなくて微笑む。
こんな私が永遠を望むのは、愛を望むのはいけないことでしょうか。
決して得られないと知っていながら。
それでもなお、永遠を望む私。
この幸せが永遠に続くことを。
こんな混沌を抱えながら最愛の人が待つ場所へ向かうのはしてはいけないことかもしれない。
けれど私は。
ただ、永遠が欲しかった。
「よう蓮」
ノックもなしに本日の主役の片割れ、新郎敦賀蓮の控え室のドアを開けたのは泣く子も黙るLMEの社長、ローリィ宝田だった。
宝田はいつもより若干地味目のスーツにその身を包み、窓辺で微笑む蓮の許へと歩いて行った。
「社長。どうかしたんですか?」
「別にどうもしねぇよ。ただ芸能界一と名高い敦賀蓮のタキシード姿を誰よりも見たくてな」
そう言ってにやりと笑う。
だがその表情は思いの外暗い。
結婚式という晴れの場には相応しくないほどに。
「なあ蓮。お前は本当に最上くんを幸せに出来るのか?」
宝田の顔は厳しい。
彼にとって最上キョーコという存在は娘のようなものだった。
初めて逢ったときから彼女の成長を見守り続け、きっと誰よりも辛い子供時代を送ってきたであろう彼女の幸せを願っていた。
事務所の看板俳優、敦賀蓮との恋人関係を知った時には涙したものだ。
ようやくキョーコが過去の呪縛から解き放たれたのだと。
ようやく蓮が本気を傾けることのできる相手とめぐり合えたのだと。
けれどそれはどこか歪で。
たぶんそのことに気付いているものは他にはいなかっただろう。
多くの人間を見、多くの人間を育てている宝田だからこそ気付いた。
キョーコが幸せの中にありながら絶望を見ていたことに。
本来なら押しも押されぬ人気を誇る敦賀蓮と京子の結婚式は盛大に行いたかった。
けれどそれは出来ないのだと、本能的に感じ取っていた。
キョーコが恐がっていたから。
何故かはわからない。
それでもキョーコはこの幸せが失われるものだとそう信じている。
「幸せにしますよ。絶対に」
蓮が静かに言葉を放つ。
宝田に言っているというよりもそれは独白に近かった。
己に言い聞かすといってもいいかもしれない。
「彼女は永遠を望んでいるんです。絶対に手に入らないと思っているから。
けれど、人間にはそれを証明する術がない。
だって永遠がどんなものなのかすら解らないんですから。
だから俺に出来ることは唯一つ。
彼女の傍に在り続けることだけ。
たとえ死が二人を別つ時がきても」
そう言って少し哀しそうに微笑む蓮を見て、宝田は唐突に悟る。
(お前は彼女の抱える絶望すらも愛しているのか。ならば俺に言うことは何もない・・・か)
蓮の選んだ道は決して平坦ではないだろう。
それでも愛ゆえにその道を選んだ蓮に宝田には言う言葉を持たない。
だから、ただ一言に万感の想いを込めて。
「おめでとう、蓮」
宝田はただ祈る。
この二人に幸せが訪れることを。
心安らかな日々が訪れることを。
誰とも知らない何かに。
ご迷惑をお掛けしました企画。
ということでフリーです。 05.09.13
06.12.30 お客様のご指摘により脱字修正。ありがとうございました!