ただ想いだけが・・・
結局あれから二人がどうなったかなんて、知らない。
あれ以来俺の幼馴染は俺のところに来はしないし、敦賀サンともすれ違いはしない。
そのことに少し、少しだけだが安堵している自分がいるのも確かだ。
どれほど恰好つけようと、どれほど強がっていようと、目の前で惚れた女が他の男のことで泣いたり、笑ったりしているのを見るのは辛い。
けれど。
もしかしたらこの瞬間にも大切な幼馴染が泣いていやしないか。傷ついていやしないか。心配になる。
こんなお人好しな自分に嘲笑が浮かびかけるけれど、もうこればかりは仕方がない。
俺がその道を選んだ。
ならば後はただ、突き進むだけだ。それが俺、不破尚なのだから。
「ねえ、尚」
「何?祥子さん」
「あの、ね…」
俺の座るソファの正面に、いつものように立つマネージャー。
彼女が言い難そうに、躊躇しながら言葉を選ぶ様を視界の端に捉えながら、それでも気付かないふりをして雑誌から目を離さない。
この雑誌に何が書かれているかなんて、もう暗記するほど読んでしまった。
何かをしていなければ、幼馴染の泣き顔が目に浮かぶ。
そして、その姿に触れることのできない己の立場を突きつけられる。
記憶の中で、何度だって。
ちらちらとこちらを窺いながら、まだ言葉を探す祥子さんが言いたいことなんて分かってる。
けれど、俺はそのことに水を向けてはやれない。
自分から言い出すにはまだ、生々しすぎる傷だから。
いまだ血が流れ続けているのだから。
(だから、ごめん。もう少しだけ俺に時間をくれ)
そんな俺の言葉が聞こえたわけではないだろうに、祥子さんは低く溜息を吐いた。
「いえ、ごめんなさい。何でもないわ。…帰りましょう。仕事も終わったんだし」
そう言って俺をいつものように家に送ってくれる。
楽屋での態度が幻であったかのように、いつも通りに接してくれる彼女に心の中で感謝した。
きっと俺のプライドを優先してくれたんだろう。
幼馴染以外では俺に一番近いところにいる人だから。きっと同情なんてされたら俺が俺でいられなくなることを、察してくれた。
そんな彼女の気遣いに、俺は独りじゃないんだ。なんて当たり前のことを思った。
一人になった俺の家で、明かりも点けずにソファに座り込む。
カーテンを閉めていないリビングの窓からは、雲に姿半分隠した月が見えた。
ただ呆然とその月を見上げながら、手で弄んでいた携帯が不意に振るえ始めた。
ディスプレイには『キョーコ』の文字。
着信を知らせるバイブで振るえる携帯を、恐ろしいもののようにテーブルの上に置いて、バスルームへと急いだ。
逢いたい。声が聞きたい。傍にいたい。
けれど、今夜の電話の内容を聞いてしまえば、俺とあいつは永遠に幼馴染でしかいられなくなる。
なぜかそんな予感がした。
熱いシャワーの下で、目を瞑りただ一心に祈る。
お前が笑っていることを。お前が幸せであることを。
伝えられないたくさんの言葉の代りに、俺の心にはただ、想いだけが降り積もる。
ショー?いないの?私、私ね。頑張ってみることにする。このまま、何も伝えられずに終わるのなんて嫌だから。
ギリギリまで足掻いてみる。
・・・だから、ね。もし駄目だったら、またあんたの処に行っていい?
もし、もしさ。世界中が私の敵になったとしても、あんたなら私の味方でいてくれるでしょ?
だって二人きりの幼馴染だもんね。私、あんたのこと大好きだよ。うん、小さいころからずっと。
だから、ね。応援してね。
頑張って来るから。不破尚の幼馴染として恥ずかしくないように。
また、電話します。おやすみ。
ピー・・・・
季節外れのヴァレンタイン話。の最終話 10.10.23