触れたら後に戻れないなんて事わかっててそれでも触れずにはいられなかった。たとえそれですべてを失ったとしても。



ただ愛しくて
触れてしまった
触れたら駄目だって分かってたのに



俺はイタリアで注文した標準サイズより遥かに大きい自分のベッドの上で横で眠る彼女の寝顔を見つめていた。

彼女の寝顔は安らかというより、疲れ果て青白かった。
成熟したとは決して言えない、どちらかといえばまだ幼さの方が強く残るその肢体には先ほどの一方的な情事の後が残っている。
紅く腫れている唇。
ほっそりとした腕には汗が光り、足や胸には紅い刻印と白濁したものがこびりついている。
その姿は「汚された」と形容するに相応しい。
もちろん理由は俺だ。
動揺して抵抗という抵抗も出来ない彼女を押さえつけ、己の欲望のままに扱ったのはつい先刻。
ようやく己が満足し、彼女を手放したときには既に彼女の意識はここにはなかった。


彼女を好きに扱い、思う様蹂躙し、最初は途惑いながらも抵抗の光があった瞳を無理やり力で押さえつけ屈服させる。
それは何物にも変えられない暗い歓びだった。
己のした行為がどれほどひどく、残酷だったかなんて自分が一番解っている。
だが不思議なことに後悔はなかった。


彼女が目覚めたら、どれだけの言葉で罵られるだろうか。
おそらくもう二度と彼女の笑顔を見ることは適わないだろう。

「だけど、ね最上さん。
それでも俺は後悔なんてしてないんだよ?」


少し自嘲気味に言うと、己の愚かさに嘲いが起こる。
人を愛せないことに気付いたのはいつだったろうか。
このまま一生あらゆる人を騙しながら生きていくのだと、諦めにも似た感情を覚えたはずだった。
なのに、気が付いたら俺の心は彼女に甘く縛られ、恋という名の焔に焼き尽くされようとしていた。


彼女の細い、小さな体に散った紅い刻印。
これは一時でも彼女が俺のものになったという証。
きっと君はこれを見るたびに、この俺にとっては甘い、君にとってはおぞましい時間を思い出してしまうのだろうけど。
たった一時でも君のすべてを支配できたことに暗い喜びが沸き起こる。

(本当は心まで俺のものにしたかったんだ)

でもそれは無理なことと知っていたから。
どれほど憎んでいると言ったところで、君の心から幼馴染のあの男が消えることはないから。
こんな醜い手段でしか君を手に入れることを出来ない俺をどうか哀れに思って。
もし、神がいるのであれば、俺は恥も外聞もなく縋ろう。
愛しい君を俺のものだけにして欲しいと。


静かに俺は君の髪の毛を掻き揚げる。

「愛してるよ、最上さん」



その言葉に返事がないことなど分かっているけれど―――。    









たとえ夢でもよかった。貴方が私を想い、貴方が私を欲してくれているのなら。


『愛してるよ、最上さん』


そんな睦言を今更囁く貴方。
その言葉を信じれるほど、私は子供じゃない。
けれど、その言葉を完全に否定できるほど私は大人じゃない。

心が甘く期待に震えるのがわかる。
もし、もし今。 
私が目を覚まし、貴方にこの行為の意味を問うことをしたら貴方は私の期待通りの言葉を返してくれるのでしょうか。
それとも今の言葉は、ベッドを共にした女性への当たり前の言葉の一つなのですか。

何かもが初めてだったから、あの行為が優しかったのかそうではないのかはわからない。
でも、私がどれほど泣いて縋っても、敦賀さんは止まろうともしてはくれなかった。
もしこれが普通ならば、私は二度と男性に抱かれることはないだろう。


私はこの世で何よりも憎い男が居る。
その男に復讐する為に芸能界に入ったし、現在を生きていると言ってもいいだろう。
ほんの少し前までは何をしていても忘れることはなかった。
けれど最近は、忘れてることの方が多い。
自分の部屋の壁に貼ってるポスターを見て、思い出すこともある。
それがいい傾向なのかどうかはわからない。


忘れかけているその理由は認めたくはないけれど、敦賀さんだったと思う。
彼に認められたい。
いつか、彼と対等に演技したい。
そして。
彼の傍で笑っていたい。
そう思うようになっていたから。

一言でよかった。
たとえそれが嘘であっても、私は騙されただろう。
ただ貴方が私を押さえつけるその前に「愛してる」と言ってくれさえすれば。
そうすれば、一時の甘い夢に酔いしれることが出来たのに。
すべてが終わったその後に何を言われたとしてどうしてそれを信じることが出来るだろう。

私が貴方に手を伸ばすことも許してはくれなくて。
ただの一度も貴方は私の名前を呼ばなかった。

なのに、何故今更そんなことを言うの?

優しく髪を掻き揚げたりしないで。
愚かな私の心が震えてしまうから。
苦しくて苦しくて哀しくて。
なのに幸せを感じてしまうから。
最後まで冷たくしてくれればいいのに。
どうして、今更・・・・・・。


『愛してるよ、最上さん』

敦賀さんのその言葉に静かに涙を流す。


(私も貴方を愛してました)




その言葉を口にすることなど出来ないけれど―――。